卵巣がんの少女ボウラー・砂川舞佳選手がん克服し日本一に返り咲く!

小児がんを克服し、ボウリング中学日本一になった砂川舞佳選手=那覇市・サラダボウル(田嶋正雄撮影)

小児がんを克服した中学3年生が日本一に返り咲きました。沖縄県那覇市出身の砂川舞佳選手は、小学4年生10歳の年にボウリング・全日本小学生大会4年生の部で優勝しました。しかし、その3か月後に卵巣がんを発症。

この記事では砂川選手の闘病と5年ぶりにチャンピオン返り咲くまでの歩みをまとめました。

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砂川選手・卵巣がん発症

闘病中に友だちから帽子をもらい、喜ぶ砂川舞佳選手=2017年1月(提供)

<闘病中に友達からもらった帽子で笑顔>

砂川選手は今年7月に闘病生活を乗り越え、全日本中学選手権で優勝しました。

これから先、半年に1度の経過観察を受けながら、アメリカへの挑戦も視野に入れ、持ち味のスピードボールを武器にしてボウリングを続けていきます。

両親ともにボウリングの競技者だった影響で、砂川選手は子供の頃からボウリング場に通い始めて、小学生3年から大会に出るようになり、4年生の時に「楽しみながら」出場した全国大会で「思ったよりも点数が出た」というアベレージ180点越え!で一気に頂点に上り詰めてしまいました。

 

優勝を境に「もっとうまくなりたい」とますますボウリングにのめりこむようになります。

しかし、優勝から3カ月後。突然、熱発しインフルエンザを疑って病院で解熱剤をもらうが、なかなか熱が下がらない。

次第に食欲がなくなってきてお腹が膨れてきました。病院で詳しく再検査をしたところ、右側の卵巣にがんが見つかり、入院することとなってしまう。

卵巣がん発症時、彼女はまだ10歳。不安ばかりが胸の中に募っていきます。

 

子供であっても「がん」が重い病気であることは理解している。

「もうボウリングができないのかな・・・」と少女は自分の身に起きた出来事を理解はしていても、なかなか受け入れることが出来なかった。

入院して抗がん剤の投与が始まると、その副作用で食事の匂いをかぐだけで嘔吐してしまい、髪の毛もごっそりと抜けてしまう。

苦しい闘病生活でも、おしゃれを楽しんで欲しいと、友人たちからもらった数々の帽子を毎日変えながら被り、スマートフォンで写真を撮って経過報告をしていた。

気丈な彼女は小児がんと闘いながらも「初めてのことだらけだったけど、先生や看護師たちが明るく接してくれたから」と笑顔を絶やすことなく過ごしていました。

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砂川選手・闘病生活の日々

第1ルート 沖縄県 | めざましテレビ25周年企画 日本つながる ...

卵巣がんを発症した砂川選手は10歳という年齢ながら闘病生活を続けていました。

見つかった「腫瘍」は手術によって全摘出しましたが、32㎏あった体重は退院時には25kgまで減少してしまっていました。

闘病生活を支えたのは「もう一度ボウリングをやりたい」という思いだった。満を持して、退院翌日にはボウリング場へと向かっている。

 

体重の激減により、さすがに12ポンドのマイボールは重く感じたようですが、軽量の5ポンドから練習を再開。待ち望んでいたボウリングが出来たことが何よりも嬉しかった。

副作用で抜けてしまった髪の毛が生えそろうまでは、帽子を被って大会に出場していた。

闘病生活を送った砂川選手であったが、ボウリングのセンスは衰えておらず、なんと退院後すぐの5年生で出場した全沖縄女子オープン選手権で最年少優勝を飾っています。

その後も九州や全国での大会でも着実に安定した成績を残すようになりました。

今年1月、コロナ禍で延期されていた全国中学生大会が行われ、中学2年生の中でトップとなる3位入賞を果たし、中学最後の大会に向けて弾みをつけています。

砂川選手・別の病魔に襲われる

ボウリングの練習に励む砂川舞佳選手=那覇市・サラダボウル(田嶋正雄撮影)

中学2年で全国3位となった直後、なんと別の病魔が砂川選手を襲いました。

経過観察で見つかっていた腎臓の小さな結石が、半年の間に3㎝にまで大きくなってしまっていたのです。

ボウリングの大会の日程や、病院の予約状況などが合わなかったために、すぐに手術という訳にはいかなかったのでした。

期間を置いて今年の6月、ようやく腎臓結石の手術を受けましたが、それは三重県で開催予定だった国民体育大会(国体)への出場権を懸けた九州ブロック大会の直前だったのです。

 

自慢の武器であるスピードボールは時速23~24キロだったのが20キロ程度に落ちてしまいましたが、全国高校女王の稲福心衣奈(みいな)選手(高3)とのぺアで出場権を獲得しています。

さらに、ようやく回復してきた体力や球速で出場した7月の全国中学選手権では、12ゲームでアベレージが211点越えの2543点をたたき出し、2位の選手に210点もの大差をつけて5年振りの日本一に輝きました!

 

砂川選手は「小学生の時と違い、今回は狙って優勝できた」と声を弾ませています。

砂川選手を幼少の頃から指導してきた下地コーチも「大きな病に打ち勝っただけあって、この世代にはない意志の強さを感じる」と砂川選手の快挙に驚いている。

また「元気にボウリングをするだけでもすごいのに、成績を残してくれて、素晴らしい気分にさせてくれる」と砂川選手の活躍に目を細めています。

砂川選手・これからの夢

二つの全国大会優勝カップを前に、笑顔を見せる砂川舞佳選手

砂川選手はコーチから海外挑戦を勧められると「強い選手がたくさんいるし、レーンコンディションも難しい。

そんなアメリカで活躍し、下の世代も‘’活躍したい‘’と思えるような選手になりたい」とその気になっています。

優勝した大会に同行することが出来なかった母親の優子さんは「アメリカに行くなら付いていきたい」と、愛娘の夢にとことんまで付き合うつもりでいる。

 

コロナ禍で三重国体は中止となってしまい、今はとにかく大会に出たくてうずうずしている砂川選手です。

「高校でも優勝したいですね」と来年からの活躍をすでに胸に秘めてボウリングの練習に取り組む。

これからますます心身ともに強くたくましくなって、小中高の3つの段階でタイトルを獲得するという夢に向かって力強く歩んでいます。

まとめ

ボウリング場(レーン)01 | フリー素材ドットコム

卵巣がんの摘出自術を受けて、再び日本チャンピオンに返り咲いた、砂川舞佳選手の闘病生活とこれからの夢についてお伝えしました。

小学4年生で小児がんを発症するという過酷な運命。「もう一度、ボウリングを投げたい」という強い思いで病に打ち勝ち、快挙を成し遂げた少女はこれからも成長を続けることでしょう。

将来、アメリカでタイトルを獲得する日が来ますようにと、その夢を応援したいと思います。来年の春でまだ高校1年生。人生はこれからです!がんばれ砂川選手(^^)/

若い女性が活躍していますよ・・・https://kim-kuni.com/joshi2/

ボウリング女子https://bowling.rankseeker.net/ranking/2020-2021/women/

 

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