神のことばで生きていく!聖書からの手紙・子供のようになりなさい

マタイ受難曲》第2日(最後の晩餐)——受難週2日目|音楽っていい ...

オリンピックも終わり、マタイさんもだいぶ熱中していたようです。久しぶりにマタイさんから速達が届きました。今回は「子供のようになりなさい」と伝えています。

子供のように。とはどういうことなのでしょうか?キリストの思いから、マタイさんが何を私たちに伝えようとしているのか?お手紙を読んで行きましょう!

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マタイ福音書・天の国でいちばん偉いもの

聖マタイ幼稚園(沖縄県豊見城市 私立幼稚園)

『そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。

心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである』(マタイ18:1-5)

 

ここに弟子たちの思い違いが表れています。

  • 「キリストの弟子だ」というだけで天の国に行けるだろうという考え
  • 天の国では神のもとに「誰もが平等」なのに「誰が偉いか?」と序列を考えている

この弟子たちの勘違いしている言葉を聞いて、キリストは「はっきり」といいます。子供を真ん中に立たせるということは、この話の中心が「子供」であることを表現していますね。

 

周りを多くの群衆や弟子たちが取り囲んでいる中で、大切なのは「子供のようになること」だというのです。おそらく、集まっていた大勢の人々はびっくりしたことでしょう。

子供は律法(ユダヤ教の教え)を守ることができません。手のかかる存在ですし、子供のうちに亡くなってしまう人も多かったので、彼らからすれば「なぜ子供のようになることが・・・」と不思議に感じたと思います。

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マタイ福音書・キリストの教え

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子供のようになる人がいちばん偉いのだ。とキリストは語っています。「子供のように」がキーポイントですね。

人によっては「子供」は、やっかいものであり、面倒な存在であったりします。実際に子供を取り巻く環境で悲しい事件も起きています。

 

なぜ、そんな子供が大切なのでしょうか?

 

子供は自分では自立できませんよね。誰かに依存していかないと成長もできません。しかし、このようになりなさい!とキリストは語るのです。

それは「誰かに依存するしかない存在の人」はどうするのか?という問いかけを発しています。自分にも、他者にも頼れない。行政も当てにならない。そんな人は「神に依存」するからです。

 

自分や人間を頼りにしないで、神である私に従いなさい!とキリストは言っているのです。「私に全てを委ねる時」私はあなたと共に歩んでいることに気が付くでしょう!言います。

これは前回のマタイさんからの手紙で「くびき」と表現されていることです。私と共に歩まないならば「天の国に入ることはできない」とも語ります。

面倒でも構わない、厄介者でも構わない!!私と共に生きていこうよ!とキリストは語っており、それをマタイさんは伝えたいと思っているのです。

マタイ福音書・今回のまとめ

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私たちはどこかしら「病んで」います。身体だったり、こころだったり。でもそのままでキリストに従って生きることを望んでいるのです。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい」というキリストの思いをマタイさんはどうしても伝えたかったのです。

子供のように厄介者でもいい。むしろ病んでいる人たち程、私の所に来なさい。

 

あなたがた大人も、このような子供を受け入れるこころの柔軟さ。姿勢が無ければ「天の国」には入ることはできないのです。

そのように私たちは言われているのです。無条件に相手を受け入れて行くこと、そしてキリストと共に生きていくこと。マタイさんは熱心に伝えてくれています。

 

自分の「苦しい・寂しい・孤独感」というあり様をキリストに委ねながら、自分にできること「子供を受け入れて行くこと」を大切にしていきたいですね。

そのままでいいんです。痛みを抱えたままで、飾ることなく、私のところに来なさい!と神が望んでいるのです。

 

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